あけましておめでとうございます。本年も色んな「韓食」をご紹介します。
新年、一回目はットックク(떡국=餅汁)についてです。
韓国では西暦1月1日だけが休みです。その代わりに、旧暦の1月1日を中日として、旧暦の12月31日、1月2日がお正月休みとなり、このお正月休みのことを、ソル(설=旧正月)といいます。
お正月休みは日本より短いんだね。
旧暦1月1日の朝、伝統を重んじる家庭では、御先祖様にットックク(떡국=以下、餅汁)をはじめ、山の幸、海の幸を織り交ぜて御供えします。
次に年長者にセベ(새배=新年の挨拶)を行います。
御先祖様と年長者に新年の挨拶が終わると、御供えしたものを一家団欒で食べます。
韓国では旧暦の1月1日に餅汁を食べることで、年齢を一つ数えます。
餅汁は、一般的に白くて長い餅を食べることで、いつまでも清い心で、長寿を祈願しながら食されています。
日本の雑煮の出汁は、鰹節や昆布など海のものを用いますが、餅汁の出汁には牛の脚などの部位で出汁を取ります。
韓国の人々に旧暦1月1日にどんな料理を食べるか尋ねると、ほとんどの人々が餅汁と答えるでしょう。韓国のお正月料理と言えば餅汁です。
しかし、1950年代以前、朝鮮半島の海岸に近い地域、済州島では正月に餅汁を食べることも御先祖様に御供えすることもなかったようです。
餅汁同様、特に東アジアの北部地域では、お正月にマンドゥクク(만둣국=水餃子)を食べていました。
そのわけは
中国が宋の時代から小麦の栽培が盛んになり、揚子江北部地域の華北を中心にお正月にマンドゥ(餃子)を作って食べたことが始まりと言われています。
宋から元の時代に入っても、お正月に餃子を食べる習慣は続き、元の影響で高麗末になると、高麗の首都だった開城を中心にお正月にマンドゥクク(水餃子)を食べるようになりました。
朝鮮時代に入り開城からソウルに首都が移っても、開城出身の特に首都圏に住む人々が、お正月にご先祖様のお供え料理としてマンドゥ(餃子)をお供えした後、食べる風習が定着します。
ところで、餃子の皮を作るには小麦粉が必要です。
朝鮮半島では冬場に種を植えて7月頃梅雨が来る前に収穫する冬に小麦を栽培していました。朝鮮半島では小麦を生産できる地域が限られており、収穫量が多くなかったようです。
それで、餃子の皮の材料として蕎麦粉を混ぜていたことが、17世紀の『飲食知味法』といいう料理本の中で紹介されています。
しかし、実際に蕎麦粉で作る餃子の皮の色は濁った色でした。
朝鮮時代の支配層は、清廉潔白を象徴する白を好んでいたとされ、ソウルの富裕層の一部の食卓では、18世紀頃からお正月に小麦粉で作った餃子の皮で包んだ饅頭や餅を用意して食べていました。
上述の通り、1950年代以前、韓国全域では白い餅の入った餅汁を旧正月に食べていませんでしたが、1960年代、朴正煕政権時代にお正月に白い餅の入った餅汁を食べることを、政府が積極的にメディアを通じて広まり、全国的に認知されたようです。
したがって、ソウル及びソウル周辺地域から離れた地域ほど、餅汁がお正月料理として定着した時期が異なるのです。
<参考文献>
한복진, ≪우리 음식 백가지≫,현암사 1998.
주영하,≪음식을 공부합니다≫,(주)휴머니스출판그룹 2021.
古文献
≪飲食知味方≫ (1670年に書かれた料理書)
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